映画現場100ぺん

映画館で観た映画について語ります

ディストラクション・ベイビーズー息をするように人を殴る男の純粋なる暴力

はい本日は『ディストラクション・ベイビーズ』です。インディーズではすでに巨匠の呼び声が高い真利子哲也監督のこれが商業映画デビュー作品?!です。(今までなかったことがすごいな)

 

物語は愛媛県松山の小さな港町・三津浜。将太(村上虹郎)は兄・泰良(柳楽優弥)が大人数に殴られている姿を目撃する。泰良は殴られていたけれど、決してひるむことなく、殴り返し、蹴り返し、闘い続けていた。その日を境に泰良は三津浜から姿を消す。泰良は松山の中心街にいた。強そうな相手を見つけては喧嘩を仕掛け、どんな相手でも勝てるまで立ち向かっていった。街の中で野獣のように生きる泰良に興味を持ったのは高校生・北原裕也(菅田将暉)だった。着ている服を交換させられた裕也は「あんたすごいよ!俺と面白いことや」と泰良に声をかける。片っ端から、喧嘩をふっかける二人。それが誰であろうとかまわない。騒ぎはやがて大きくなり、キャバクラの送迎車に乗りあわせていたキャバクラで働く少女・那奈をむりやり押し込み、松山市外へ向かう。泰良と裕也が起こした事件はインターネットで瞬く間に拡散し、騒ぎは世間の人の意見を膨らませながらどんどんと大きくなっていく。

 

 

息をするように殴る男 の純粋なる暴力

柳楽優弥君は一人勝ちというべき圧倒的な存在感を持っています。セリフはほとんどなく、彼のすべては暴力でできているのですが、彼の暴力というのは息をするのと同じこと。こぶしでしか人と繋がることのできない人間として描かれています。「こいつとつながってみたい。こいつとからんでみたい」という興味の延長線上で泰良は人に喧嘩を売り続けいます。彼にとって殴りかかるというのは、「初対面の人に話しかける」ことと同義ともいえます。殴って、殴り返されて、自分自身も傷つくことで相手の存在をうけとめる、常軌を逸しているかのように見える殴りあいが、私たちの知っている喧嘩と違うのは、勝算のない喧嘩ですら、躊躇なく始めるところ。強い相手と向きあって、殴られ、立ち上がれなくなっても、少しすると、むっくりと起き上がり、相手に立ち向かっていきます。どんなに体がぼろぼろになろうと、ずっと喧嘩を、こぶしでつながることを体が欲してしまう。自分には共感することができないのに、それでもなお、彼の喧嘩シーンには嫌悪感はなく、ただただ、その喧嘩シーンに見入ってしまうのは、泰良が純粋に殴るということでしか生きていられない人間で、どんなにやっかいな生き方であろうと、殴り続けることを選んでいるからです。そこにはかけひきや、嘘がありません。

 

自分の優位性を示すために暴力に訴えること

その反対が裕也です。裕也は絶対に勝てる相手にしか喧嘩をしかけません。それどころか泰良がいることで、自分が泰良と同じレベルで強くなったと勘違いしてしまう。裕也という存在のおかげで、自分が上に立っていることを証明するために暴力という手段に訴えかけることが、嫌いなんだということに気づかされます。改めて泰良の体が欲する喧嘩という行為との違いを浮き彫りにしていくところが、あっぱれとしかいいようがありません。

 

柳楽君の喧嘩シーンはやはりスクリーンでみるのが一番。映画館で絶対見るべき一本です。